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  • 2015.04.04 Saturday
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207 余白と変化

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傍らで眠る猫を見ていると、そこに余白が必要なのだと感じる。猫は本当に、その場所を見つけるのが上手い。隣にちょこんと座り、目が合うと、「それでは」とその隙間に入ってくる。そして苦もなく、自分のいいように余白に収まってしまう。
 

悔しくなったので、こちらの都合に合わせてひっくり返してみると、しょんぼり顔のこの子。意地悪をしてごめんなさい。でも僕は、君のことが好きなんだ。
 
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206 ドライブ

遠方より来たるこの男の振る舞いはいつも、思いつきのように見えるのだけれど、、終わってみると、何もかもが精密に計算されていたかのようで、本当に感服する。仕事を終えてからの来日。直後、ラーメンを食べては今ひとつだと文句を言い、近所の焼き鳥屋で数本、串物を嗜んだ翌日に、国際免許証で車を借りて遠出する。



辿り着きたるは、とある温泉観光地。すこんと抜けるような青空は、賜った褒美。



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205 なだめる

親友からのFaceTimeオーディオ。半年ぶりなのに、ブランクを感じさせない、相変わらずの会話。最後に会ってから半年しかたっていないのだけれど、、その間の互いの生活の濃密さと同時に、20年近い時間に上積みしたかかわりの安定を実感する。ここ一ヶ月、本当にイライラと過ごす毎日で、刺々しさを身にまとってしまっていたのだけれど、、いつの間にか、棘をなだめられるこの感じ。外的から身を守ろうと、刺を張り出したストレスフルなハリセンボンは、こうして穏やかなフグに戻っていくんだろう。

あー、人に恵まれているんだ、と思う。見つめるべきは、いつだってそこなんだと思う。けれども、関わりの薄い多くの人間関係の中で、一度振り上げた拳はなかなかおろすことができず、体中を怒りが駆け巡ることもしばしば。いかんいかん。


友人に教えてもらった沖縄の人たちの、音に込めた思いを聴きながら、、選ばなかった人生、選べなかった人生について、思いを巡らす。そういえば二十歳のとき、僕は沖縄におりたち、初めて目の当たりにしたエイサーの音に心を射抜かれたんだった。この人たちと一緒に踊りたい、三線を習い、歌いたい。そんな風に思ったことがあったんだった。もしもそのとき、僕に少しの勇気と度胸があったなら、沖縄で音に浸る人生を選んでいたかもしれない。
 

空に向かって萼を差し伸べるあじさいの季節。梅雨本番。熱したアスファルトを冷ますように、雨が降る。刺すような陽射しも一転、羽織ったシャツの間を、ひんやりとした空気が通り抜ける。

204 満たす言葉、そこにある幸福


音楽を聴き、思いがけず友人に会い、心地よい時間を過ごしたからだろう。朝から目が冴え、心軽く出かける休日。桜が散り、新緑が眩しく光っている。

あー、この季節、やっぱり好きだなぁ、と大きく息を吸い込む。空と緑の馴染みの良さを、体いっぱいに浴びる。十分に幸せな毎日だ、と思ってはいるけれど、今日はまた、幸福の一日になりそうな予感。

面倒だ、と思った時は、体を動かす。どうしようかと迷っていた展示にでかけ、言葉と出会う。心を通した言葉には、やっぱりエネルギーがある。はたらく人々の体から生まれた99の言葉を一つ一つ手に取り、体を通してみると、水に浮かんでいるような、空に浮いているような、思い満たされた体に気づく。みんな、すごいなぁ。人って、すごい。
 
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